大判例

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東京地方裁判所 昭和42年(行ウ)210号 判決

原告 大口サク

被告 目黒税務署長

訴訟代理人 岩淵正紀 外四名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  原告の昭和三八年分の所得税について、被告が同四〇年八月九日付でした更正および過少申告加算税賦課決定を取り消す。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

との判決

二  被告

主文同旨の判決

第二原告の請求原因

一  本件処分の経緯

原告は、昭和三九年三月一六日、昭和三八年分の所得税について、事業所得金額一六万二、七〇〇円、所得税額〇円との確定申告をしたところ、被告は、同四〇年八月九日付で、事業所得金額一七四万六、八三〇円、譲渡所得金額四六万四、七〇八円とする旨の更正(以下「本件更正」という。)および過少申告加算税二万四、八五〇円の賦課決定(以下「本件決定」という。)をした(以下右両処分を合わせて「本件処分」という。)。

二  原告の所得金額

しかしながら、原告の昭和三八年分の総所得金額は、原告が申告した事業所得金額一六万二、七〇〇円であつて、被告が申告もれの所得として加算したその余の事業所得金額一五八万四、三三〇円および譲渡所得金額四六万四、七〇八円は、後記のとおり原告の所得に該当しないものである。

三  結論

よつて、本件処分は、原告の所得を過大に認定した違法なものであるから、その取消しを求める。

第三請求原因に対する被告の認否および主張

一  被告の認否

請求原因一の事実は認めるが、同二、三の各点は争う。

二  被告の主張

原告は、東京都大田区北千束町五三七番地所在の賃借建物(以下「本件賃借建物」という。)において食堂(そば屋)を経営していたものであるが、昭和三八年九月および一一月に東京都の施行にかかる東京都市計画事業環状第七号線街路築造工事(以下「本件事業」という。)に当たり、本件賃借建物を買収されたことに伴い、右食堂店舗を他へ移転しなければならなくなつたので、東京都から同年中に右移転に関する補償金(以下「本件補償金」という。)として、(1) 営業補償一五八万四、三三〇円、(2) 工作物補償五二万三、〇〇〇円、(3) 特別措置六六万九、一〇〇円、(4) 動産移転補償一万三、六五〇円、(5) 移転雑費七万三、四一九円、合計二八六万三、四九九円の支払いを受けた。

したがつて、以下説明のとおり、原告には、同年において原告の争わない一六万二、七〇〇円の事業所得のほかに、右の(1) にかかる一五八万四、三三〇円の事業所得および右の(2) 、(3) にかかる四六万四、七〇八円の譲渡所得があつたから、総所得金額を二二一万一、五三八円とする本件更正および右金額に基づいて過少申告加算税額を二万四、八五〇円と算出した本件決定に違法はない。すなわち、

1  事業所得 一七四万六、八三〇円

(一) 東京都は、公共事業により公共用地を取得するに当り損失を与えた場合には「東京都の用地取得に伴う補償等の基準を定める要綱」(昭和三六年四月一日施行。以下「都の補償基準要綱」という。)に基づいて、その補償を行なうこととしているが、右要綱二七条以下によると、建物の移転により、営業を一時休止するときは、通常必要とする休業期間に応じて一定金額を補償する旨定めていて、都の補償基準要綱の趣旨からみて、右営業補償は、補償を受ける者にとつて事業所得の収入金額に代る性質を有するものである。そして、東京都は、本件事業に当たり、原告が店舗を移転する際、営業を一時休止させることによる減少収益の補償として、都の補償基準要綱に基づき営業補償一五八万四、三三〇円(以下「本件営業補償」という。)を原告に支払つたものであり、原告もかかるものであることを了承して受領したのであるから、右補償は、所得税法(昭和四〇年法律第三三号による改正前のもの。以下「旧所得税法」という。)九条一項四号に規定する所得の収入金額に代る性質を有するものであつて、原告の事業所得を構成する。

(二) 仮に、東京都と原告との間において、前項の補償が右のような性質の補償であることについて合意がなかつたとしても、本件営業補償は、都の補償基準要綱に基づいて算出されたもので、実質的に営業休止による損失に対する補償としての性質を有するものである。その内訳と算出根拠は次のとおりである。

(1)  査定収益額 六二万八、〇二〇円

一か月当たりの収入金額七〇万九、六二七円から必要経費五〇万〇、二八七円を控除した収益額二〇万九、三四〇円に、移転するに必要と認められる休業期間たる三か月を乗じて算出したものである。

(2)  固定経費補償 一万〇、九五〇円

一か月当たりの固定経費たる電話基本料一、〇〇〇円、光熱水費二、六五〇円、合計三、六五〇円の休業期間たる三か月分である。

(3)  給料補償 一〇万八、〇〇〇円

従業員四人の給料合計六万円の六〇パーセントを休業期間の三か月分について補償したものである。

(4)  得意喪失補償 八三万七、三六〇円

前期の月間収益額の四か月分にあたる金額を補償したものである。その趣旨は、立退きにより営業を休止すれば、それによつて得意先を喪失することが予想され、しかもこの得意先は移転終了後営業を再開したからといつて直ちに営業休止以前と同様の得意先を確保することは通常困難であるから、営業再開後、休業前と同程度に得意先を獲得するまでの間予想される収益減を見積つてこれを補償しようとするものである。したがつて、その実質は、まさに事業所得の収入金額に代る性質を有するものである。

もつとも、右のうち(2) と(3) については、被補償者が一定の期間内にその交付の目的に従つて現実に費用の補填に充てたときには、その金額は事業所得の収入金額から控除すべきであるが、原告が右金額をその交付の目的に従つて現実に費用の補填に充てたとは認められなかつたので、必要経費として控除しなかつたものである。

(三) そこで、被告は、旧所得税法九条一項四号、同法施行規則七条の三第一号および同条の一一第一項により本件営業補償金額を事業所得の収入金額として、原告の申告における事業所得の収入金額一八一万六、一七〇円(原告は、売上金額一〇六万九、二〇〇円のほかに、本件営業補償金額中七四万六、九七〇円をこれに算入している。)に加算し、右収入金額合計三四〇万〇、五〇〇円から原告の申告にかかる必要経費一五〇万五、九七〇円(原告は、仕入金額四八万六、〇〇〇円、総経費二七万三、〇〇〇円のほかに、原告が本件営業補償金額中事業所得の収入金額に算入した前記七四万六、九七〇円をここに含めている。)および専従者控除額一四万七、五〇〇円を控除した一七四万六、八三〇年を原告の事業所得として算定したのである(なお、原告は、確定申告書に、本件営業補償金額のうち七四万六、九七〇円のみを事業所得の収入金額として計上する一方、右同額を必要経費として計上しているため、本件営業補償については事業所得の計算上、結果的にはなんら計上されなかつたこととなるので、被告は右営業補償金全額を原告の確定申告にかかる事業所得の収入金額に加算したものである。)。

2  譲渡所得 四六万四、七〇八円

(一) 本件補償金のうちの工作物補償五二万三、〇〇〇円および特別措置六六万九、一〇〇円、合計一一九万二、一〇〇円は、原告の従前の営業用工作物の買取りの対価として東京都から支払われ、原告もこれをかかる性質の補償であることを了承して受領したものであるから、旧所得税法九条一項八号所定の譲渡所得に該当する。

(二) 仮に、東京都と原告との間において前項の補償が右のような性質のものであることについて合意がなかつたとしても、右補償は、都の補償基準要綱に基づいて算出されたものであつて、実質的に、次のとおり、営業用工作物の買取りの対価であるから、前記の譲渡所得に該当する。

(1)  工作物補償 五二万三、〇〇〇円

次の工作物(以下「本件工作物」という。)について、その推定再取得価額等から判断して相当と認める次の額を補償したものである。

表〈省略〉

(2)  特別措置 六六万九、一〇〇円

特別措置による補償は、立退きに伴い従来の店舗または住宅を失う場合、工作物補償その他各種の補償金をもつて同程度の店舗または住宅を確保することが困難であるとき、原状回複に必要な費用相当額を補償しようとするものであつて、本件賃借建物については、別紙計算式のとおり、原告の従前の店舗部分について同計算式(1) により三一万八、〇〇〇円、同住宅部分について同計算式(2) により三三万円、同物置部分について同計算式(3) により二万一、一〇〇円、合計六六万九、一〇〇円と算出されたものである。

(三) そこで、被告は、旧所得税法九条一項八号によつて、右補償金額を譲渡所得の収入金額と認定し、これから本件工作物の取得価額一一方二、六八四円および譲渡所得の特別控除額一五万円を控除した金額の一〇分の五に相当する金額である四六万四、七〇八円を原告の譲渡所得として算定したのである(なお、営業用工作物など事業の用に供する固定資産の譲渡所得の計算上控除すべきこれらの資産の取得価額は、これらの資産の本来の取得価額から、当該譲渡所得の基因となつた事実が生じた日の属する年分以前の各年分の所得の計算上必要な経費に算入され、または算入されるべきであつた償却額の累積額を控除した金額である-旧所得税法施行規則一二条-が、原告は本件工作物の取得価額についてなんら申立てをしなかつたため、やむを得ず昭和三七年末における原告と類似の青色申告同業者の営業用造作設備等の帳簿残高(未償却分)の平均価額をもつてその取得価額としたものである。)。

第四被告の主張に対する原告の認否および反論

一  被告の主張に対する認否

被告の主張事実のうち、原告が本件賃借建物でそば屋を経営していたところ、本件事業のための同建物買収により、原告の店舗を他へ移転せざるをえなくなり、これにより原告が東京都より昭和三八年中に本件補償金として総額二八六万三、四九九円の支払いをうけたこと、右補償金の内訳として、東京都の書類上被告主張のとおりの項目別の金額の記載があること、原告の昭和三八年分の所得税の確定申告における事業所得の収入金額、必要経費およびその内訳ならびに専従者控除額がいずれも被告主張のとおりであることは認めるが、その余の事実は争う。

二  原告の反論

1  被告主張の営業補償は、旧所得税法所定の事業所得の収入金額に代る性質を有するものには当たらない。

(一) 本件補償金に関する原告と東京都知事との間の交渉は、補償金の総額についてのみ行なわれ、その交渉過程においても本件補償金の内訳が明示されたことはなく、結局右総額について両者間の合意が成立した。被告主張の補償金内訳は、東京都知事が右合意成立後、なんら根拠なく、東京都の都合により恣意的に割り振つたものにすぎない。

(二) 課税処分は、損失補償の実質に応じて行なわれるべきところ、原告の従来の営業実績・規模(例えば、原告の昭和三七年分の事業所得の金額は二六万九、一六〇円である。)からみて、原告の営業休止を三か月としてその減収額が一五八万円余にも達することはとうていあり得ない。したがつて、東京都知事の右補償金内訳の記載は、このような原告の損失の実質を無視したものである。

(三) かえつて、原告の受領した本件補償金は、次のように、原告のこうむつた借家権喪失、家賃差額および工作物に関する損失を償うに足りないものであつて、実質的に営業補償に割り振るべき部分は全く存在しないのである。

(1)  借家権補償 一五〇万円

原告は、前記のとおりもと借家営業者で、その店舗による敷地占有面積は二一坪であつたところ、右敷地の本件事業による収用当事の価格は坪当り約二〇万円であり、かつ、借家権の価格はその敷地の価格の三分の一と評価されるべきであるから、原告の借家権の当時の価格は一五〇万円を下らないものであつた(なお、原告の本件賃借建物と同程度の家屋を賃借するには、当時権利金として約一五〇万円の支払が必要であつたことからしても、右金額は相当である。)。したがつて、原告がこのような借家権を失つたことによる損失の補償額は一五〇万円が相当である。

(2)  家賃差額補償 一七二万円

原告の本件賃借建物の賃料月額は八、五〇〇円であつたが、右と同程度の家屋を新たに賃借すれば、当時月額三万円以上の賃料を要したから、月額二万一、五〇〇円以上の賃料差額が原告の損失となるべきところ、原告の本件賃借建物の耐用年数は一〇年を下らないので、右賃料差額一〇年分の総額から月五分の割合による中間利息を控除して、右期間の損失の現在価額を求めると、一七二万円となる。

(3)  工作物補償 一〇〇万円

原告が本件事業に伴う移転により、店舗の改造、給排水、電気、ガスの設備およびそば釜、中台調理具、製麺機、食器棚等の設置をするのに一〇〇万円を下らない金員を要したから、右同額の損失補償が相当というべきである。

(なお、現に、原告は、前記移転のため、代替資産の取得および移転のための費用として総額五二七万円を支出し、本件補償金はその一部にあてたものである。)

2  被告は、原告が本件補償金のうち一一九万二、一〇〇円(以下「本件工作物等補償」という。)を工作物補償および特別措置による補償として受領したとの理由により、これを事業用工作物の譲渡対価として譲渡所得と認定したが、この認定は誤りである。

(一) 本件補償金に関する原告と東京都知事との間の合意が被告主張の内訳、したがつて、工作物補償、特別措置補償に割り振られた金額の内訳についてまで成立したものでないことは、営業補償に関してすでに主張したとおりである。

(二) 仮に、本件工作物等補償が原告の営業用造作物の買い取りの対価であるとしても、本件処分は以下の点で違法である。

(1)  本件工作物の取得価額が被告主張のとおり一一万二、六八四円であるとすれば、原告はこれを一一九万余円で都に売り渡したことになるから、原告は著しく低い価額の対価で都から利益を受けたこととなつて、その利益は相続税法九条により贈与税の課税対象となるべきであつて、これを譲渡所得に当たるということはできない。

(2)  また、本件工作物等補償は、生活に必要な動産の譲渡による所得に当たるから、旧所得税法六条五号により非課税とされるべきである。

(3)  さらに、本件工作物等補償については、租税特別措置法(昭和三九年法律第二四号による改正前のもの、以下「旧租特法」という。)による収用等の場合の譲渡所得等の課税の特例が適用されるべきところ、本件処分においては、これが適用されなかつた。

第五原告の反論に対する被告の答弁

一  事業所得に関する原告の反論1は、すべて争う。

二  譲渡所得に関する原告の反論2は、いずれも争う。

1  原告は、仮に原告が本件工作物を一一万余円で買い取り、一一九万余円で売り渡したとすれば、この対価は贈与税の課税対象となると主張するが、法人(地方公共団体を含む。)からの贈与により取得した財産は相続税法二一条の三第一項一号により贈与税の課税価格に算入されず、旧所得税法九条一項九号により一時所得として所得税の課税対象となるべきものである。

2  また、原告は、本件工作物の売渡しによる対価は、生活上必要な動産の譲渡による所得として非課税とされるべき旨主張するが、原告主張の所得の非課税を規定する旧所得税法六条五号、同施行規則四条は、生活に通常必要な家具・什器・衣類等の譲渡による所得を対象とするものであつて、本件営業用工作物の譲渡による所得がこれに該当しないことは明らかである。

3  原告は、本件工作物等補償について、旧租特法による収用等の場合の譲渡所得等の課税の特例が適用されなかつた違法があると主張するが、同法三一条一項または三三条の二第一項の規定は、これらの規定の適用を受けようとする年分の確定申告書に、これらの規定の適用を受けようとする旨を記載し、かつ、同法三一条五項または三三条の二第四項に定める書類を添付しない場合には適用されないところ、原告は昭和三八年分確定申告書に右規定の適用を受けようとする旨の記載および右規定に定める書類の添付を行なわず、かつ、右の記載および添付をしなかつたことについてやむを得ない事情があつたとは認められなかつたので右規定を適用しなかつたものであつて、なんら違法はない。

第六証拠関係〈省略〉

理由

一  本件処分の経緯

請求原因一の事実は、当事者間に争いがない。

二  原告の所得金額

1  原告に昭和三八年中に一六万二、七〇〇円の事業所得があつたことは、当事間に争いがない。

2  被告は、原告には同年中に右所得のほかに一五八万四、三三〇円の事業所得および四六万四、七〇八円の譲渡所得があつたと主張するので、以下検討する。

(一)  原告が本件賃借建物でそば屋を経営していたところ、東京都の本件事業のための用地および地上建物の買収に伴い、右店舗を他に移転しなければならなくなり、これにより東京都から昭和三八年中に本件補償金として総額二八六万三、四九九円の支払いをうけたことは、当事者間に争いがない。

(二)  〈証拠省略〉および弁論の全趣旨を総合すると、東京都は、「都の補償基準要綱」(昭和三六年四月一日から施行され、昭和三八年一〇月一日、「東京都の事業の施行に伴う損失補償基準」の施行により廃止された。)に則つて原告が本件事業のために従前の店舗の移転を余儀なくされることによつて受ける損失を算定したこと、都の補償基準要綱によると、まず、営業補償としては、建物の移転により営業を一時休止するときは、建物移転の工法に従い通常必要とする休業期間に応ずる推定収益額を補償(これを「休業補償」という。)するものとし、右営業休止の期間中、事業主の負担となるその建物の公租公課、光熱、水道費および電話の基本料金、従業員の法定福利費その他通常支出を必要とする固定経費があるときは、その額を補償(これを「固定経費補償」という。)しうるものとし、また、営業を休止する場合に事業主が就労させることができない従業員に対して賃金を支払う必要があるときは、建物の移転に伴つて通常必要とする休業期間に応ずる従業員の労基法一二条所定の平均賃金の範囲内で補償(これを「休業手当補償」という。)するものとし、さらに、建物の移転により、規模の縮少、得意の喪失等により営業収益が減少すると認められるときは、従前の営業期間、地理的条件等を考慮して、その直近二年度の平均年間純益額の範囲内で相当と認める額を補償(これを「得意喪失補償」という。)しうるものとしており、他方、工作物等の補償については、土地の買収に伴い建物または工作物を移転する場合に移転することが著しく困難な物件は、その現状における推定再建築費または再取得に要する費用の範囲内で補償(以下「工作物補償」という。)しうるものとし、また、建物の移転により、建物の使用者がその住居または店舗を失う場合に、同要綱所定の他の補償料をもつて使用者が従前使用していた住居または、店舗と同程度の住居または店舗を確保することが困難であると認められるときは、相当な補償(以下「特別措置補償」という。)をしうるものとしていること、東京都は、原告が従前の店舗の移転を余儀なくされることによる損失として、右要綱に従い、営業補償として、休業補償六二万八、〇二〇円(平均月収二〇万九、二四〇円の三か月分)、固定経費補償一万〇、九五〇円(月間経費三六五〇円の三か月分)、休業手当補償一〇万八、〇〇〇円(月間休業手当三万六、〇〇〇円の三か月分)、得意喪失補償八三万七、三六〇円(前記平均月収の四か月分)、以上の営業補償合計額一五八万四、三三〇円、工作物補償として五二万三、〇〇〇円(その算定根拠は、被告の主張2の(二)の(1) における記載のとおりである。)、特別措置補償として六六万九、一〇〇円(その算定根拠は、別紙計算式記載のとおりである。)、その他八万七、〇六九円(動産移転補償一万三、六五〇円、移転雑費七万三、四一九円)、総計二八六万三、四九九円と算定したこと、原告は、星武彦を代理人として東京都と本件事業に伴う自己の補償金について交渉したが、星は、本件事業等に伴つて他への移転を余儀なくされることになつた環状七号線沿線の住民等を中心として組識された東京都道路対策連盟の書記として、会員に代わつてしばしば東京都と補償金に関する交渉を行なつていたことから、都の補償基準要綱の内容を充分知つていたこと、星は、東京都の係員から原告に対する本件補償金の案を示され、これが右要綱に従つて算定されたものであることを承知し、かつ、そのうち営業補償金額がいくらであるかを係員から聞知したうえで、原告に東京都の右提案を説明して原告を納得させた結果、昭和三八年八月二二日ころ東京都との間に、原告の立退きおよびその店舗移転による損失補償についての合意を成立させたこと、ただし、本件営業補償の額以外の本件補償金の内訳の各金額については、右合意成立までに原告に提示されたことはなかつたため、原告は、右合意成立の当時、内訳としてどのような項目があるか程度は知つていたものの、その各項目毎の具体的金額については関心を持たず、昭和三九年二月ころまで知らなかつたことが認められ、〈証拠省略〉他に右認定を動かすに足りる証拠はない。

(三)  原告は、右の営業補償とされた金額は、その額の過大であることからみて、原告の営業休止による減収等の補償ではありえず、実質的には、原告の借家権喪失、家賃差額等の補償である旨主張し、〈証拠省略〉には、東京都の査定した営業補償の中には、借家権補償等他の補償項目が含まれている旨の供述部分があるが、これらは、前記(二)の認定事実および〈証拠省略〉に照らしてにわかに信用し難く、その他〈証拠省略〉によつても右主張事実を認めることはできない。

してみると、本件営業補償のうち、休業補償および得意喪失補償の部分が、前記認定のとおり店舗の移転による収益の減少に対する補償として支払われたものであつて、事業所得の収入金額に代わる性質を有するものに当たることは明らかであり、また、固定経費補償および休業手当補償の部分も、当該事業を継続するために休業中も支出せざるをえない経費についての補償として支払われたものであつて、当該事業に関して受ける収入金の額で、事業所得の収入金額に代る性質を有するものと解することができるから、旧所得税法九条一項四号、同法施行規則七条三第一号、七条の一一第一項により、本件営業補償金額は、いずれも事業所得の収入金額に当たるものというべきである。

ところで、右の固定経費補償および休業手当補償については、被補償者がその交付の目的にそつてこれを現実に経費の支出に充てた場合には、その支出した金額は、事業所得の計算上収入金額から控除すべきことはいうまでもないところ、〈証拠証略〉には、原告が休業中も電話の基本料金等を支払つていた旨の供述部分があるが、にわかに信用し難く、また、〈証拠省略〉には、原告は、店の手伝いなどしていた原告の妹および姉婿に対し、休業に当たり計一〇万余円の退職金を支払つたとの供述部分があるが、右供述はきわめてあいまいで信用できないのみならず、退職金は休業手当とは異るので、前記補償の目的に従つた支出ということはできないから、被告が、所得の算定にあたり前記営業補償による収入金額から、これを控除しなかつたことは相当である。

そして、原告の昭和三八年中の前記営業による売上金額が一〇六万九、二〇〇円であり、その仕入金額が四八万六、〇〇〇円、総経費が二七万三、〇〇〇円、専従者控除額が一四万七、五〇〇円であることは、当事者間に争いがないので、原告の事業所得の収入金額は、右売上金額に本件営業補償を加算した二六五万三、五三〇円となり、他方、その必要経費は、合計七五万九、〇〇〇円、専従者控除は一四万七、五〇〇円であるから、前記収入金額からこれらを控除すると、原告の事業所得は、一七四万七、〇三〇円となる。

してみると、原告の昭和三八年分の事業所得額が本件処分における被告認定の事業所得額をこえることは明らかであつて、この点について、本件処分には原告主張のような違法はないものというべきである。

(四)  次に、本件工作物等補償についてみると、東京都が用地買収に伴い、原告の店舗、工作物を移転させるに際し、移転の著しく困難な物件であるコンクリート造かまど等原告の営業用工作物について、被告の主張2の(二)の(1) のとおり、その推定再取得価格等に基づきその損失額を合計五二万三、〇〇〇円と算定したことは、前記認定のとおりであるから、右補償が実質的に営業用工作物の買取りの対価であることは明らかであつて(前記のように原告がその補償項目および金額について関心を持たず、これを了知していなかつたとしても)、旧所得税法九条一項八号所定の譲渡所得に該当するものというべきである。

また、東京都が、用地買収に伴い、その住居、店舗を失つた原告が都の補償基準要綱所定の工作物補償その他の補償料をもつてはその従前使用していたものと同程度の住居、店舗を確保することが困難であると認めて、特別措置の名目の下に原告に対し六六万九、一〇〇円の補償をしたことは、前記認定のとおりであるが、右補償金が、性質上、被補償者に従前と同程度の住居、店舗を確保させるのに必要な金員であるうえ、すでに移転のための費用等はすべて他の項目において補償ずみであること、また、右補償金が前示のとおり従前の使用にかかる土地、家屋の価額および面積を基準にして算定されていることなどに鑑み、従前の住居、店舗の使用権等に対する対価の性質をもつものとみるほかなく、結局、とれも旧所得税法九条一項八号所定の譲渡所得に当たるものというべきである。右認定に副わない〈証拠省略〉は不明確であつて、採用するに足らない。

ところで、被告は、昭和三七年末における原告と類似の青色申告同業者の営業用造作設備等の帳薄残高の平均が一一万二、六八四円であると主張し、原告はこれを明らかに争わないので右事実を自白したものとみなすべきであり、したがつて、被告が本件工作物の取得価額を右同額と推認したことは、右平均額により難い特別の事情につき主張立証のない本件において、相当というべきである。してみれば、被告が旧所得税法九条一項八号によつて、以上の工作物補償および特別措置補償を譲渡所得の収入金額と認定し、これから右工作物の取得価額一一万二、六八四円および譲渡所得の特別控除額一五万円を控除した金額の一〇分の五に相当する金額四六万四、七〇八円を原告の譲渡所得と認定したことには、なんら違法はない。

(五)ところで、原告は、本件工作物の取得価額が一一万余円であるとすれば、原告が東京都から著しく低い価額の対価で利益を受けたことになつて、相続税法九条により贈与税の対象とされるべきであるのに、これを譲渡所得として課税したのは失当である旨主張するが、法人からの贈与により取得した財産は、相続税法二一条の三第一項一号により贈与税の課税価格に算入されないから、主張自体すでに失当である。

また、原告は、本件工作物の補償が生活に必要な動産の譲渡による所得に当たるから、旧所得税法六条五号により非課税とされるべき旨主張するが、同法条および同法施行規則四条は、生活に通常必要な家具、什器、衣類等の譲渡による所得を対象とするものであるから、原告主張の営業用工作物の譲渡による所得が、これに該当しないことは明らかであつて、右主張は理由がない。

さらに、原告は、本件工作物の補償について旧租特法による収用等の場合の譲渡所得等の課税の特例が適用されなかつた違法があると主張する。しかし、同法三一条一項または三三条の二第一項の規定は、これらの規定の適用を受けようとする年分の確定申告書に、これらの規定の適用を受けようとする旨を記載し、かつ、同法三一条五項または三三条の二第四項所定の書類を添付しない場合には、適用されない旨定められているところ、〈証拠省略〉および弁論の全趣旨によると、原告は、昭和三八年分の所得税の確定申告に当たり、申告書に旧租特法のこれらの規定の適用を受けようとする旨の記載をせず、かつ、同法所定の書類も添付しなかつたことが認められ、また、本件全証拠によつても、原告の右不記載等についてやむを得ない事情があつたとも認められないから、これらの規定の適用の余地はなく、原告の右主張は、採用するに由ないものである。

三  結論

以上判示の次第で、原告の昭和三八年分の総所得金額を二二一万一、五三八円とし、右金額に基づいて過少申告加算税を二万四、八五〇円と算定した被告の本件処分に原告主張の違法はないことは、明らかである。

よつて、原告の請求は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 杉山克彦 加藤和夫 石川善則)

(別紙)

計算式

(1) 店舗部分

{坪当り土地買収価格×〇・二+坪当り建物現存価格(推定再建築費×現価率)×〇・三}×店舗坪数

(一六〇、〇〇〇×〇・二+三四、八〇〇×〇・三)×七・五=三一八、〇〇〇………〈1〉

(2) 住宅部分

{坪当り土地買収価格×〇・一+坪当り建物現存価格×〇・三}×坪数

(一六〇、〇〇〇×〇・一+三四、八〇〇×〇・三)×一二・五〇=三三〇、〇〇〇………〈2〉

(3) 物置部分

{坪当り土地買収価格×〇・一+坪当り建物現存価格×〇・三}×〇・八(逓減率)×坪数

(一六〇、〇〇〇×〇・一+三四、八〇〇×〇・三)×〇・八×一=二一、一〇〇………〈3〉

(4) 合計

〈1〉+〈2〉+〈3〉 三一八、〇〇〇+三三〇、〇〇〇+二一、一〇〇=六六九、一〇〇

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